私の家で父が死去した際の遺品について

私の実家は昔ながらの日本家屋で庭があり、庭の中で柴犬を飼っており、ほとんどが仕切りのある畳部屋で構成されており、私の父は神戸市で鳩駆除等していたこともありましたが、離れに庭師として置いていた庭師としての道具や農機具を置いていました。そこで、父親が急遽死去した際に、そう言った庭師としての道具や農機具をどうするかとなった際に父の妻つまり母が全てを受け入れると言う形で、そのままになりました。母が農機具や庭道具を剪定等で使用すると言い、また農機具につきましては、普段から母が畑を点在する形で所有しているのでそこに持っていくと言うことで特に父親の遺品として困るような物はなく全て再利用できると言うような形でしたので、そのまま実家に置いて継続して使用すると言う形になりました。唯一整理したものと言えば服なのですが、これも私の兄がサイズが合えば着用すると言ってそのままおいといてくれと言う形になりましたので衣類等もそのまま洋服タンスに格納してあります。写真だけは、大事に保存しておこうと言う形でアルバムを一冊購入してその中に大事に収めました。

遺品整理がなかなか進まない理由

癌を患っていた父は、2回目の入院から退院した時に、自分がそれほど長くはないことを悟っていたようで、母が言うには、生前から遺品の整理を始めていたしていたそうです。
父が他界した後は、母がそのまま一人暮らしを続けたこともあり、特に遺品の整理もしないまま数年が過ぎたのですが、今度は母が入院。退院後は2階への昇り降りが大変になっため、1階だけで暮らせるよう大幅な模様替えを行いました。家具の移動もあったため、そのままになっていた父の衣類や本、雑貨などを処分することにしました。

大切なものは既に選り分けてあるので、私は数年放置されていたものなら不用品とみなしてもいいだろうという考えでしたが、母と妹はできるだけ残しておきたいという考えで、家族内での意見が合わず、処分できたのはほんの一部にとどまりました。
一人暮らしのお年寄りが亡くなった場合でも、住居が賃貸の場合は、家賃の支払いが絡むので遺族がさっさと片付けるようですが、持ち家だと遺品整理はなかなか進まないと聞きます。どのタイミングで気持ちを切り替えることができるのか、難しいところだと思いました。

義母が亡くなり遺品整理を遺品整理会社にお願いしました

88歳になる義母が心筋梗塞を起こし、病院に運ばれるも、そのまま帰らぬ人となりました。一人っ子の妻を私がサポートして通夜・葬儀を営み、49日も無事に済ませる事が出来ました。

義母は、我が家から電車を乗り継ぎ1時間半近く掛かる隣の県の新興住宅街に住んでいました。義父が2年前に亡くなり、義父の衣類は妻が出かけて処分したものの、趣味品等はそのままになった状態で、夫婦2人暮らしで使用していた家財道具を全て処分する事が必要となったのです。

年金暮らしで働いていない私達には、時間は十分にありますが、2人で1時間半も掛けて通い、自分達ですべての遺品を処分する事はとても無理だと判断しました。
そこで、各部屋の中から形見となるものや、重要かもしれないと思われる書類等を自分達で取出し、その上でネットで調べて義母の家から近い所にある遺品整理会社に家財道具の処理をお願いしました。

遺品整理会社から3名の方が来られ、各部屋の収納物をチェックしつつ、重要と思われるものは一旦取り置き、不用品は分別しつつ次々と手際よくゴミ袋にまとめて行かれました。

一旦取り置かれたものを妻がチェックし、残すものと不用品を区分すると言った手順で1日で細かい様々なものの処理が完了しました。
翌日は室内の残されていた大型の家具・家電を搬出し、全ての作業が終了しました。慣れて居られて非常にスピーディーに処理され、それでいて遺族の事を考えて写真や思い出となりそうな品は一旦取り置き遺族に判断を仰ぐと言う気遣いをされておられた事に感心しました。

遺品整理と解体工事

母が亡くなり実家の家を処分することになりました。生前、この和歌山の家の遺品整理が楽になるようにと母はこまめに片づけをしていましたが、やはり生活用品が多数残っているので片付けは大変です。家を解体することは決めていたので、粗大ごみのような大きな不用品は解体工事の際になんとかできないか調べてみました。

場合によっては解体工事と同時に解体業者に依頼出来る作業もあります。それが解体の際に大量に発生する不用品の処分です。

確かに一本化出来るとは言えかなり割高になると分かっているのであれば、余程時間的余裕が無いケースでも無い限り、解体工事費用を安くするには回収業者への依頼を最優先に考えた方が、結果的にリーズナブルに違いありません。

いずれにせよ解体工事に入る前のなるべく早い段階において、生じるであろう不用品の数量を正確に把握し、そのまま解体業者に任せるか、回収業者に別途回収依頼を出すか、どちかがお得かを比較検討し結論を出すのがベターでしょう。

遺品整理後に空き家を放置していたら

主人の実家の話ですが義父が亡くなり、遺品整理をした千葉の実家がすっきしたところ、広い一軒家に住むのが怖いと義母が言いだしました。家族会議の結果、実家を処分するのも大変なので、とりあえずこじんまりしたマンションを購入して、実家はそのままにして義母が移り住む事になりました。

新居に必要なものだけを購入して移り住んだ母は、鍵一本で出かけられるマンション暮らしに満足して、実家は放置状態になりました。
私達子世帯も、いずれ片付ければいいとのんびり構え、放置されたまま数年がたちました。
ある日、実家の隣の方から母に実家で最近物音が頻繁にする、一度見に戻ったほうが良いと連絡がありました。

母から電話をもらった主人と私は、義母を伴い実家に行きました。
門をあけると庭には、大量の空き缶の山。
家に入ると、見知らぬ荷物がありました。

長く放置していた実家にはホームレスの方が住み着いていたのです。
家財道具もほぼそのままにしていたので、それを使って料理等もカセットコンロを使っていたようです。家族で震えあがりました。

暫くして自転車で戻ってきたホームレスの方は大変驚いて謝るばかりでした。
反省されていたので、片づけて出ていっていただく事で警察に届ける事はしませんでした。
火事でも出ていたらと思うと本当に恐ろしかったです。

その後、すぐに実家は解体し土地を売却しました。

形見分け後は業者に全部引き取ってもらった

祖母が亡くなった時のことです。着物が多かったので、遺品整理士に片付けてもらい、良い物は親戚にもらってもらいました。また、堆朱の大きな器は、祖母が実家から持ってきた物だったようで、「自分が死んだら実家へ」と言ったことがあると父が言い、祖母の実家へ送っていました。その後が大変でした。祖母は我が家と庭を隔てて住んでいましたが、奥の8畳には昔の物が沢山ありました。お琴や三味線までありましたし、お茶の先生をしていたので茶器類もあります。

 

でも、骨董品という様な物は無かったので、茶器類で好みの物は伯父・伯母・父・母で分けました。それ以外の着物、綺麗な食器類等々は伯母と母があみだくじをして分けました。しかし、もう古くなった物や現在では使わないような物は処分することとなりました。これは片づけを専門とする業者に依頼しました。台所と4畳半と8畳にある物を総て引き取ってくれ、最後は掃除もしてくれるそうです。ネットの口コミ等を見てある業者にお願いしました。

 

当日は1日で終わるという事で、トラック2台、作業員4人で来ました。嫁入りダンスも中身ごと持って行きました。作業は手慣れたもので、どんどん物が運び出されて行きます。要る物は予め避けておかないと危ない位、早送りを見ているようでした。最後は掃除機までかけ、祖母の家は綺麗サッパリ。8畳で大きな床の間付きの部屋が広大に見えました。費用は30万円でした。高いなと思いましたが、こんなものなのでしょうか。

祖父の遺品の片付け、タンスが大変でした。

母方の祖父の残した遺品は、そのほとんどがお金にならないものでした。
体を不自由していて、ベッドの上に横たわって生活していた祖父ですので、我々に残すような物は何も持たなかったのです。
しかし、ありがたいことに家と土地だけは残してくれたので、祖父が死去した後、家族で遺品整理として片づけをすることになりました。
衣類や布団類は全て袋にまとめて、葬儀業者の「お焚き上げ」サービスに任せました。
それでも、捨てられない写真や記念品などは残ってしまうもの。
それは、まだ捨てられずに、その家の押入れの一角にしまいこんであります。
問題は、古い家具類でした。
特に、タンスが三棹残っていて、それはどうやって家の中に入れたのか分かりませんが、どのようにしても外へ運び出せない大きさでした。
タンスの回収処分を行ってくれる業者を探せばいい、と安直に考えていましたが、家の外へ運び出せない大きさなのですから、家の中で小さくするより外ありません。
後の掃除が大変であることは重々承知して、父の提案で、のこぎりを使ってタンスをゴミ捨て場で処分できるほど小さく切り分けることにしました。
その作業は、丸一日がかり。
まず、家の玄関から出せる大きさに切って、外の庭に並べました。
家の中は、木屑でむせかえるようになりました。
それから、庭でじっくりとゴミ捨て場に出せる大きさに切っていき、その作業が終わった頃には日が暮れかかっていました・・・。
三棹ですから、大変な作業だったことを覚えています。
タンスは、あまり大きな物を持つと、始末する時が大変だということが分かりました。

遺品整理で多いと思うもの

遺品を整理している時に、これは大変と思うものとして3人ぐらいの遺品を整理したことがあるので、気づくことがありました。その中でも特に多いのは、なんといっても洋服です。洋服は、そのなくなった人が、若い時からのものもありすごい量となっていました。捨てるに捨てられない、そんな複雑な思い出として残したい気持ちがあったのでしょう。しかしある程度の時間が過ぎると、洋服もくちてしまうので、捨てる方が良かったのにと思ったりします。
またその次に大変と思ったのは、なんといっても食器やキッチン道具です。それは、キッチンの収納の場所にぎゅうぎゅうに入っています。しかも使う事はないだろうと思う、色あせたものばかりです。それらは、かさばるので片付けるのは結構大変でした。
そしてキッチンのあるのは、瓶詰めですね。瓶の中にいろいろなものを漬け込んでいるのです。それは、梅干などもあります。しかしいつから付けているのか分からず、捨てることになりました。

指輪などは買取してもらった

遺品整理をしていると、いろいろなものがあります。こんなところにこんなモノがあると思って、びっくりしたことがありました。それはキッチンの引き出しの中に、預金通帳があったりするのです。まさかそんなところにあるとは知らないので、そのまま捨ててしまうところでした。しかも、鍋のようなものの中に入っていたりして、その場所にいれたことを覚えていたのだろうかと思うこともありました。年を取ると自分がどこにどんなものをいれていたのか、わからなくなることがあります。そのような整理をしていると、そのまま自分も気をつけておこう、家族に伝えておこうという気持ちが強くなりました。
そしてまたびっくりしたのは、指輪が多いということです。指輪は使うことがなくなるのですが、それを大事にとっているんですね。ダイヤのものもあり、それを捨てるのはもったないです。そのため、遺品整理をしていて、これは使えるかもと思えるものは、買取をしてもらうことにしています。

遺品整理の難しさについて

父が他界して以来、実家には母がそのまま一人で暮らしていたので、遺品についても特に整理はしないまま数年が過ぎてしまいました。
母が元気なうちは遺品の整理をしなくても、と思っていましたが、その母が長期入院することになりました。私たち姉妹もひんぱんに実家に出入りすることとなり、実家の散らかりように少しビックリ。母は整理整頓がヘタで、どの部屋にも物が増えていて、これは少し片付けなければ、と思うようになりました。私と妹で、父の遺品も少しずつ整理していきましたが、母の入院中に勝手に処分するわけにもいかず、ある程度片付けて、母の退院後判断を仰ぐことに決めました。
退院してきた母は、案の定、捨てるのは嫌だと言い張ります。とはいえ、古本なども山のようにあるので、
本と衣類については処分をするよう説得をしました。遺品整理の難しさは、処分方法に関して家族それぞれの考えが違うことです。
時間をかけてもなかなか整理できないので、大切なものだけを取り除いて、後は業者に任せるのは合理的な方法かもしれないと思うようになりました。